風呂の栓までおそロシア ~日本人がロシアのお風呂でゆっくり肩まで浸かる方法~

他の日本人にもれず、私は風呂好きである。

シャワーだけではだめだ、湯船につかって体を温めなくてはいけない。

ロシア人はシャワーだけで済ませる人が多いようで、湯船のついていないアパートも時々見かけるが、日本人である私にとっては長く住むにあたってはやはり湯船が欲しい。

今のアパートに住もうと決めた理由は、大家がいい人、地下鉄駅から近い、部屋がきれいということの他に、湯船が付いているというのも重要なポイントだった。

しかし、ここはロシア。

やはり、そんなに上手く事は運ばなかった。


記者:とらまるはなばち



無事に引越しを終えてから数日後、引越しの疲れが出てきたのでゆっくりとお湯に浸かることにした。

お湯に浸かるのは しばらくぶりだった。



会社帰りに入浴剤を買ってきて、帰宅後すぐに浴室へ向かう。

今日買ったのはただの入浴剤ではない、リッチなバラの香りなのだ。

ウキウキ気分で風呂の栓を手に取る。

そしてそれを排水口にはめ込み・・・ん?

いやいや、もう一回、栓を排水口にはめこ・・・

あれ、おかしいな、入らないぞ。

ではもう一度、栓を排水口に・・・い、入れられない?!

なぜかうまくはまらない風呂の栓、よくよく見ると、ほんの数ミリ単位だが、栓のほうが排水口よりわずかに大きいではないか!

もともとついていた栓なのに、おかしなことがあるもんだ。

これじゃ風呂に入れないじゃないか!!!

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翌日、会社 の昼休み。

ビジネスマン立ちがカフェやレストランへ向かう中、私は一人、風呂・台所用品の店に出かけていった。

目的はもちろん風呂の栓。

会社の近くに小さいがわりと品揃えの良い店がある。

あそこなら、きっと見つかるだろう。

店に入ると、早速見つけた。

おお、これだ!これで今日から優雅なバスタイムは約束された!

その晩、またウキウキ気分でいそいそと帰宅。

買ってきた栓をパッケージからとり出す。

そして排水口に・・・はまったーーー!しか~し!!!

今度は排水口のほうがでかい!

これじゃまた風呂に入れないじゃないか!!!

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その後、悲しみに暮れながらシャワーを浴びる。

浴びながら考える・・・
「そうだ、ちゃんと排水口の大きさを測らなかったのが悪いのだ ! 」

そしてそのまた翌日、今度はちゃんと排水口の直径と深さを測る。

直径は5cm、深さは意外と浅くて1cmぐらい。

排水口に穴のついた金属のカバーがついているような感じだ。

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なので、薄っぺらい形の栓が必要になる。

よく見ると、あまり見かけない形をした排水口だ。

こいつに合う栓は、果たしてあるのだろうか?

その頃、ちょうど日本から来客の予定があった。

そうだ、この人に風呂の栓を持ってきてもらおう!さっそくメールする。


「必要な物:風呂の栓、レトルトカレー、とろろこんぶ、etc…」

その後返事が来る。

「風呂の栓?なんでそんなもの必要なの?」
必死で答える私。
「とにかく必要なの!ないと死んじゃう!」
「???」
こんなふうに 、大変驚かれたがちゃんと持ってきてくれた。

この人の訪露当日、ウキウキしながら空港へ向かう。
「風呂の栓、風呂の栓・・・。」
もはや風呂の栓のことしか頭に無い私。
「これで風呂に入れる、入れる、入れる!!!」

そして、ついに受け取りの瞬間!

彼の鞄から出てきた、メイド・イン・ジャパンの風呂の栓!

な、なんてきれいなんだ・・・!

黒いゴムの部分はまるで黒曜石か何かのように、神々しく輝いているではないか!

「3cm~4.5cm対応」というのが気になるが、栓の一番太い部分は我が家の直径5cmの排水口にもフィットしそうに見える。

これで優雅なバスタイムは約束された!

その晩、またもウキウキ気分でいそいそと帰宅。

買ってきた栓をパッケージからとり出す。

この日はロシア毎夏の恒例・水道管点検のため、お湯は出ない。

なので、実際に湯船に浸かるのはお湯が復活するまでのおあずけだ。

しかし、待ちきれないので栓を排水口に入れてみる・・・

入ったーーー!しか~し!!!

今度は栓の高さがありすぎて、孔がふさがらない!

これじゃまた風呂に入れないじゃないか!!!

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それにしても、二度も栓が入らないとは相当規格外の排水口である。

うちには一体何のためにバスタブがついているのか。

シャワーだけなら、バスタブなんて必要ない。

シャワーボックスだけつければいいじゃないか!

またもや悲しみに暮れながら過ごすうちに今月の家賃支払いの日がやってきた。

うちは大家に毎月現金で家賃を支払っているため、大家本人、大 家の旦那のどちらかには毎月顔を合わせる。

今月は大家本人がお金を取りに来た。

そこですかさず風呂の栓の話をする。

すると大家はこう言った。
「まあ、そうなの、おほほ。そしたら、栓の周りにビニール袋をぐるぐる巻きにして厚みを出せばいいのよ。ここはロシア、ある物で色々工夫しないとね。」
確かにここはロシア、色々と生活の工夫は必要だ。

しかし、風呂の栓にビニール袋というのはどうか・・・。

それ以上は取り合ってくれなかったので、「そのうち試してみます」とだけ言い残しその日は別れた。

その月は結局面倒なのでビニール作戦は実行せず、シャワーだけで過ごしていた。

しかし、月日が経つにつれ気温は下がっていき、ついに紅葉の季節が始まった。

紅葉が始まってしばらくすると、気温は一気 に下がる。

気温が下がってまもなく、まだ市内のアパートの集中暖房(※)が入っていない頃はもっとも寒い時期。

この時期こそ、バスタブにお湯を張って温まりたい。

そんな中でも、私は極限までシャワーだけで耐え忍んでいた。

そして、一ヶ月経ち、また家賃支払いの日がやってきた。

今度は大家の旦那がお金を取りに来た。


※集中暖房: ロシアのアパートの各部屋には普通、集中暖房がついており、その中をお湯が流れて部屋を暖める仕組みになっている。


「すいません、お風呂の栓なんですが・・・。」
「ああ、あの件ね、すっかり忘れてたよ!僕らはべつに湯に浸かる習慣はないからね~。栓は探してみるけど、うちの排水口はスタンダードな形ではないから、あまり期待しないでね。」

大家夫 妻はすでに風呂栓を探す気はない。

もはやこうなったら自分でなんとかするしかない。

どうせ風呂に浸からない大家なら、も ともとアパートについていた栓をちょっとぐらい削っても気づかないだろう。

こいつを数ミリ削れば、排水口にフィットするはずだ。

よし、やってみよう!

しかし、カッターを手に取ってから思った。
「きれいに円く削らないと、それもそれで水が隙間から漏れていくかな。。。」
自信がなかったので、削る作戦はとりあえず却下。

ビニール作戦に切り替えた。

日本から持ってきてもらった栓で試してみることにした。
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そしてそれを排水口へ・・・

しか~し!
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またもや入らない!

これは厚さの調整が難しい。

というわけで、面倒なのでビニール作戦は断念。

ああ、しかし寒い。

風呂に入りたい。

くそ~、かくなる上は ・・・

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どうだ、これなら栓を使わずに風呂に入れるぞ!

ざまぁ見ろってんだ!わははは!

一度お湯を溜めた後にテープをはがすと、お湯が全部流れるまで孔を塞げないという難点があるが、一応は湯船に入れるようになった。

栓なんかにこだわらないで、最初からこうすればよかったのだ!

ということで、やっとお湯につかれるようになった。

今年の冬もこれでなんとか頑張れそうだ。

それにしても、ロシアではうまく事が運ばないことがどうも多い。

物事に期待してはいけない、それがロシアである。






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