ソ連時代のタバコの思い出をパッケージとともに紹介します!

ソビエト時代のタバコ事情についての記事を紹介します。

ソビエトのタバコは質が悪く愛煙家の方々は苦労していたようです。


以下翻訳です。





Что курили в СССР

ソビエトで吸ってたもの



ソ連時代、タバコを吸う人が多かった。どこでも大きな量で売ってた。種類も豊富だった。外国の物もあったし、ソ連製の物だけでも50種類以上あった。でも父と祖父の話によると、品質は悪かったらしい。荒く、とても濃く、火の通りも悪い物だった。しかも品質は作られた工場によるものだけではなく、生産日が違うだけで質が違うこともあった。場合によってタバコが湿気っていて乾かさなければならなかった。

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一番良いタバコとされたのはKOSMOSで70コペイカだった。それを吸うのが堂々たる人間だとされていた。しかしシックではなかった。レニングラードで作られたタバコは質が低かった。モルドバのキシニョフで作られたタバコが一番良いとされていて需要が高かった。モスクワまでは殆ど届かず不足だった。ソ連に来た外国人観光客のためにSuvenirnye(「おみやげの」)タバコが売られていて、パックは伝統模様でデザインされていた。

ソ連製の物の他に共産主義の他の国の物も人気だった。例えばキューバのLIGEROSやPARTAGAS。苦くて濃かったが、香りがよかった。値段も安く、20~40コペイカくらい。


※当時の値段の比較:

 ・板チョコ一枚 20コペイカ

 ・炭酸水一杯 1コペイカ

 ・甘いパン一つ 9コペイカ

 ・牛乳1リットル 46コペイカ


ブルガリアのタバコも人気だった。例えばRodopi、Tu-134、Opal、Styuardessa。1箱50コペイカだった。一番権威のあるものはMarlboroだった。それを吸うのがシックだった。キシニョフで作られていて質はバラバラだったが、値段はかなり高く1箱1ルーブルだった。

ブルガリア以外にポーランドのタバコもあった。例えばアセテートフィルターのついたKAROタバコ。質がやや高かった。

韓国、ベトナム、中国などのアジアの国からも輸入してたが、品質は非常に低く吸わない人が多かった。

80年代には闇市場で本物の外国製(※訳者注:おそらく欧米、特にアメリカのことだと思われる。)のタバコを買うことができたが、値段はものすごく高く3~5ルーブルもした。Marlboroの他に人気だったのはCamel、Kent、Newport、Salem、時々珍しいものも売ってって、例えばプラスチック製の箱に入ってたPilipMorrisなど。

もう少し経つと崩壊しそうなソ連でアラブとトルコの安いタバコが現れた。例えばトルコのBursaは品質が非常に悪く苔のようだった。アラブのSumerとSaBaは火をつけることさえ不可能だった。

興味深いことにソ連のタバコの会社は広告を出していなかった。逆に吸う事によるデメリットを示そうとしてた。
ソ連時代、たばこを吸う人は色々と大変だったのだ。


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Cyrax
 私の初めてのタバコはKOSMOSだった。

 RODOPIとSTYARDESSAも子供の頃、田舎へ行った時に吸ってた。




Дима
 InterとかVegaは?




Алекс
 あと、ブルガリアのものでFeniks。

 そこまで普及してなかったが。




pavel
 恐ろしい経験があった。

 幼稚園へ向かっているとき雪の中でタバコの箱を見つけた。

 その後散歩してて仲間を呼んで、「さ、タバコ吸うか」って。

 でもマッチもライターもないからそのまましゃぶってたら先生にバレた。俺が密告された。

 家でどうされたか覚えていない・・




Николай
 俺の初めてのタバコはRadopiだった




Евгений
 俺はVatraとAstraから始めた。その日を罵倒したいわ。

 そのときからずっと吸っててもう23年になる。なかなかやめられない。

 タバコが高くなったらやめられるかな。

 朝なんか老人みたいに咳がでる。


Сергей
 キューバのタバコでKaribeというのもあった。

 その
紙がサトウキビで作られてて甘かった。

 あと、韓国の「鳥」。 

 本当の名前は誰も知らなかったけど、箱に鳥の絵が描いてあったからそう呼んでた。

 紙が茶色だった。



Дмитрий
 広告あったよ。戦争についての映画に必ず出てきてたじゃないか。

 戦いに行く前にみんな必ず一服。

 もしくは負傷者が死ぬ前に「タバコをくれ」と。

 歌にも出てたし。


Лиза
 Stolichnyeは?一番良いとされていたと思う。

 あと、Gertsegovina FlorとかYavaとか。名前好きだった。
 父のKazbekを一本盗んで吸ってみたらすごく濃くて死にそうになった。
  大体吸ってたのはKleopatraとMore。


Юрий Неделяев
 14歳の時に密かに吸い始めた。

 当時モルドバに住んでたからタバコもモルドバ製のものばかりだった。

 主にDojna(40コペイカ)を。時々Fluerash(60コペイカ)も。

 もう少ししたらLuchaferとかFoishorも出てきた。

 買うのは問題なかった。学校でしばしばトマトの畑で働かされてバイト代もらってたから。




Кевич
 Yava100、Temp、Zolotoj Plyajは?

 船乗りにお土産にDunhillとRonhill持ってきてもらったことあるけど、すごくよかった。

 キューバのLigerosとPortagasはタバコを借りる人にあげてた。

 そしてその反応を視るのが楽しかった。

※道で通りかかった人に「タバコ一本もらえないか?」と話しかけることがロシアではよくある事。 




Aleksey
 値段はグチャグチャになっている。

 77年にレニングラードで外国のものを闇市場で買ってたが、

 Kent、Marlboro、Rothmans、PhilipMorrisは1箱5ルーブルだった。

 83年に普通に店でMarlboro1箱1ルーブル50コペイカだった。

 それをプレゼントに買ってた。

 自分が76年からPrimaしか吸わないから。

 そして広告は・・、あったよ。






Что курили в СССР

20th.su/2010/10/02/chto-kurili-v-sssr/


Сигаретные пачки. Самые родные

20th.su/2009/03/17/sigaretnye-pachki-samye-rodnye/