記者:とらまるはなばち
ロシアに何年も住んでもどうしても慣れることのできないことは数多くあるが、筆者がとりわけ気になったのは、ロシアで外食する時は自分の皿から決して目を離してはいけないということだ。なぜなら、一瞬目を離した隙に、食べ物がまだ載っていてもウエイターがすぐに皿を運び去ってしまうからだ。
皿を守れ!
筆者が初めておそロシアの首都・モスクワを訪れたのは、まだ学生の頃であった。ある日、日本人の友人達とともにレストランを訪れた。バイキング形式になっており、お代わりも自由だ。お腹が空いていたので二皿取り、一度席に置いてから飲み物を取りに行こうとした。すると、 隣の席で すでに食べ始めていた友人がこちらを向いて言った。
「見張っててあげるから、早く行ってきてね!」
一体何のことかと思いつつ飲み物を取り席に戻ると、また友人が言った。
「あ~、危なかった!取られそうになったけど、何とか守ったよ!」
友人曰く、店内では常にウエイターが我々の皿に目を光らせており、空っぽの皿は瞬く間に回収していく。それはいいとしても、空いている席に置いてある皿も、明らかにきれいに盛り付けられて食べる前だとわかるものも回収していく。そのため、誰かが見ていないと、せっかく運んできた食事を失うことになってしまうのだ。この説明を聞いた時の衝撃は、今でも忘れられない。
その数年後、筆者はモスクワに住むこととなるが、再び訪れた時は、レ ストランの対応は以前に訪れた時より若干マシになっているように感じた。しかし、根本的には何も変わっていないということに気づくまで、そう長い時間はかからなかった。
その日はすぐにやってきた。レストランで友人たちと楽しい時間を過ごしていた時、私がまだ食べている途中で、横からグイッと何者かの手が伸びてきた。かと思うと次の瞬間、その手が私の皿を奪い取った。あまりに突然のことで驚いたが、見るとふてぶてしいウエイトレスが、奪った皿を片手に仁王立ちしている。楽しい食事の時間を台無しにされた私は怒り狂った。
「人がまだ食べてるっていうのに、何するんだ!目が見えないのか!返せ!」
その後、皿が無事返されたかどうかは記憶の彼方に行ってしまってよくわからな いが、このウエイトレスが謝罪の言葉一つ言わずにニヤニヤしていたことだけは、はっきりと覚えている。
その後も、ロシア中どこへ行っても同じような目に何度も遭った。例えばサハリンでは、モスクワではなかなか食べられない新鮮な寿司を食べていた時に、貴重な赤貝がまだ載っている寿司を黙って回収されたこともあった。サハリンまではるばる来て、しかも有名レストランに入ったというのに…。もちろん、このウエイトレスにも、
「皿を下げたければ、次からは一言断れ!」
と言ってやったが、斜に構えたこのウエイトレスは、憎たらしい笑顔で
「ハラショー!(オッケー!)」
と言っただけだった。
また、こんなこともあった。夏の暑い日、旅行先のサンクトペテルブルグでカフェに入 り、レモネードを注文した。喉が渇いていたのでゴクゴク飲んでいると、ふと視線を感じた。その方向に目をやると、若いウエイトレスがこちらを注視している。怪訝に思いながらもレモネードを飲み干し、グラスをテーブルに置こうとしたその瞬間、ウエイトレスは猛ダッシュでこちらに向かってきて、驚くべき速さでグラスを回収し、お代わりを注文する隙も与えず、電光石火のごとく去っていった。飲み終えた後だったからまだよかったものの、これにもただただ驚くばかりであった。
一体なぜロシアの飲食店では、皿やグラスをやたらと早く下げたがるのか?注文した料理が出てくるまでには何時間も待たせるくせに!食器の数がそんなに足りないのだろうか?長きに渡って、このことは私の中で謎に 包まれていたのだが、ついにその謎が解ける日が訪れた!
それは、ある日ロシア人の友人と、よくあるエセ日本料理の店でランチをしている時だった。いつものように、さっさと皿を下げようとする店員。あまりにもせわしなくテーブルの周りをバタバタする店員に対し、私の怒りメーターは一気に振り切れた。
「人がゆっくり食事してるのに、邪魔するな!何をそんなに慌てる必要があるんだ!!!」
この時の私はあまりにもすごい形相をしていたようで、可哀想な男性店員はかなりビビってしまったようだ。
「すいません。実は、テーブル担当が空いた皿をすぐに下げないと、怠けているとみなされて、上司から厳しく罰せられるんです。」
これで今までの疑問が解けた。ロシアでは、客が食べ 終わった後の空いた皿をすぐに片付けないのは店側のマナー違反であり、真面目に仕事をしない人が多いロシアでは、店員がきちんと自分の業務をするよう、厳しい職務規定が設けられているのだ。そのため、注文した料理が出てくるのは遅いくせに、皿を回収するのはやたらと速いのだ。
あるいは、特に閉店間際は、ただ単に店員が早く仕事を終えて帰宅したいだけなのかもしれない。しかし、急いで皿を下げたところで、果たして帰宅時間が早くなるのかと言うと、そうでもない気がするのは、私だけだろうか?
客が食べ終わっていないうちからその一挙手一投足を見守り・・・というかガン見し、まだ食器を手に持っているうちに取り上げてしまうのは、はっきり言って行き過ぎであり、これはサー ビスではなくもはやただの嫌がらせである。ロシア人の客は、不快に思わないのだろうか?しかし、これについて文句を言うロシア人を見たことがないので、彼らはきっと平気なのだろう。
そんなわけで、今日もロシア中の飲食店では、店員が皿の回収に奔走している。日本人を含めた外国人の皆さん、ロシアで外食する時は、くれぐれも自分の皿から目を離さないよう、ご注意を!!!