ソ連の産婦人科がおそロシア!ソビエト時代のお母さんたちが経験した怖い思い出

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ソビエト時代の産婦人科について書かれた記事を紹介します。

ソ連時代、産婦人科で起こっていた様々な問題点について書かれています。


以下翻訳です。




Советский роддом — начало начал

ソ連の産婦人科病院-始まりの始まり。



人生の最初の頃、 みんなが一緒にいた所。ここで生まれ、ここからそれぞれの道を歩んだ。

一回でも産婦人科病院へ行ったことがあるソ連の女性は一生忘れられないだろう。それは子供が生まれて幸せだったからではない。理由は違う。ソ連の産婦人科病院は恐ろしい思いをさせてショックを与えていた。多くの女性がここで子供を失っている。衛生状況のせいで多くの子供が危ない病気にかかった。

01



みんながみんな耐えられるような場所ではなかったが、選択肢はなかった。その時代にエリートな病院があったとしても一般市民には無理であっただろう。ソ連の女性はかなりがまん強かったが、 産婦人科病院で壊され、自尊心を傷つけられた。

事実と議論はできないし、実際に経験している人も存在しているわけである。ソ連の 産婦人科病院のデメリットはたくさんあるので、いくつかあげていこう。


「自分の服、下着を持ち込むことが禁止だった。気持ち悪い部屋着とスリッパ。ナプキンがなかったから何回も使うようなもを使わざるをえなかった。シャワーもないし、お湯も出ないし、便器も壊れそうだし、窓が壊れていて冬は物凄く寒かった。」


「我々の初めての子供は医者が来なくて死んだ。妻が叫んでいたのに、やつらは「初めての出産だからそんなもんだ。叫ばないでがまんしろ。」と言ってた。気づいたときはもう遅かった。窒息で死んだまま生まれた。1975年のことである。」


「母は姉をモスクワで産んだ。1975年。その話を一生忘れられない。裸にさせられて錆びたカミソリで剃られた。ベッドにはシーツがなく、ビニールシートが敷いてあった。ご飯を一日出してくれなかった。母が看護婦にお願いして砂糖を少しもらえた。出産には12時間かかったけど、その間医者が2回しか顔を出さなかった。医者も看護婦も刑務所のような人でサディスティック。」




私の家族の経験だと、例えば、私が生まれるとき、母は部屋にいてたまたま覗いた看護婦が医者を呼んでくれた。普段、医者は部屋にまったく来ていなかった。そうだね、来る必要ないもんね。その産婦人科病院はかなり良いところであるとされていたのに。

ソ連時代の産婦人科病院は秘密基地のようなところだった。家族訪問禁止、連絡禁止、食べ物禁止。時々窓から縄をぶら下げてなにかを渡したり受け取ったりすることができたけど。男性たちが窓の下に大勢待っていた。木に登って窓を覗こうとする人もいた。

夫と一緒に産むってことはありえなかった。女の人が一人で乱暴で怖い医者と接しなければならなかった。しかもそれは親しい人を必要としている弱っている時だ!ソ連の大きな町で生んでいた人の思い出がたくさん残っている。

そして田舎はどうなっていたのか。想像するだけでも怖い。小さい町は医者助手と看護婦しかいなくてちゃんとした治療を受けられなかった。出産は女の人の功績だった。出産というのは子供が生まれる喜びだけではなく大きなストレスでもあるから。


そういうときこそ休養、静養が必要であるが、ソ連時代は出産を見下していたみたい。当時の産婦人科病院の状況とスタッフの状況を見ればよく分かる。ソ連ではセックス、コンドーム、出産はタブーだった。

ソ連社会において妊娠であることは女性を尊重する理由になっていなかった。それより逆だった。女性ができるだけそれを隠そうとしていた。結婚しないで一緒に暮らす人もいたが、当時世間がそれを批判していた。

若い母に対する国の手当がわずかだった。休暇が3~6ヶ月しかとれなかった。6ヶ月まで給料をもらえたが、そのあとはもう好きにしてくださいという感じだった。多くの人は3ヶ月の子供を施設に預けて仕事に出なければいけなかった。紙おむつもソ連時代にはなかったから毎日洗濯物がたくさんあった。

普段家族みんなで洗濯をしていた。おじいちゃんおばあちゃんも時々手伝ってたが、みんながみんなというわけではない。ところで、夫のいない母もいて社会に無視され批判されていた。

離乳食の質がよくて変な材料も入っていなく自然なものだった。子供のおかゆの写真を見て思い出す人が少なくないと思う。そう、「Malysh」というものである。ソ連の子供の多くの世代がこのおかゆを食べて育った。私自身がそれが大好きで、粉のままでも美味しく食べていた。また、りんごピューレもジュースも美味しかった。


ソ連国家は若い母と子供を大事にしているとアピールしていた。確かに憲法を読んでみるととてもきれいな言葉が並べてある。
「ソ連においては母性が尊重され、国家に守られている。母と子供の権利を特別な規則で守り、休暇・免除など充分に与える。」と。


実際はそれらの言葉が現実からとても遠かった。


1944年に国によって母性メダルというのが作られた。5人、6人子供を育てた女性に与えられたものである。でも正直メダルなどは要らなかったと思う。必要だったのは専門家の医者のいるちゃんとした産婦人科病院で、安心して出産できるようなところ。そして全体的にちゃんとした生活状況も必要だった。




Денис
 モスクワから250キロくらい離れて、今の産婦人科病院を見てみることをお勧めします。

 モスクワ郊外の大きな町の一つにおいてもソ連を懐かしく思い出すくらい

 母と子供に対する態度がひどい。




афроукраинец

 母の話だと、同僚が子供を産んでた時に破れてしまい、

 医者に縫い繕われて性的な生活ができなくなったという。

 今もひどいことが起こっている。

 違いは、ソ連時代の時に隠されていたけど今はみんな知っているということ。



Мара

 私も初めての出産の思い出がひどかった。

 そのときの恐怖感と侮辱が強すぎて誰にも話せない。

 夫にさえ話したことはない。

 なにか怖いことがあったと彼が知っているけど具体的に言っていない(22年前のこと)。


 もうずっと違う国で暮らしている。二人目の子供を14年後に産んだ。更に3年後に三人目。

 ここでの出産は良かった。

 面白いことに、多くのロシア人が初の出産から15~20年経ってここで産もうと思うようになった。 ロシアに残ったら絶対産まないと言っている。



cурмино

 似たようなことをモスクワで2003年に体験した。

 今でもひどいのにソ連時代はどれだけひどかったか想像に堅くない。

 ソ連の医学を思い出す度に恐怖を感じる。



Юлиана

 おかゆとピューレはどこで作られてたかだれか覚えている?

 今でもその工場残っているかな。



Денис

 尊敬する著者。

 もし機会あればモスクワ以外のロシアにおける産婦にたいする態度を見てみて。

 それと比べるとソ連のは天国みたいだよ。



Лиля

 正直、ソ連と現在の違いあまり分からない。

 母の話(1984年)と自分の経験(2011年)を比べたが、

 やはりスタッフは同じ粗野な振る舞いで尊敬心ゼロ。

 病院自体はもちろんより居心地が良くはなったけど。

 でも私は大きなクリニックで産んでたからそうかもしれない。

 普通の病院だと一部屋に16人の女性で、みんな子供も一緒にいて夜中に泣いている。




Лариса

 まったく書いてある通りである。

 どこかいい医者がいたかもしれないが、大体ソ連の医者のイメージって、

 怖い女で、彼女の手に任されたら実験のうさぎになったような感じがしてた。







Советский роддом — начало начал

20th.su/2011/05/26/sovetskij-roddom-nachalo-nachal/










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